ドワンゴの川上量生さんのスピーチがおもしろい。
かつてソニーがクレイジーな会社だったころ、ソニー創業者の一人、井深大氏が「エスパー研究所」を社内に設立したのを思い出した。

TechCrunch Tokyo2011実況まとめ #tctokyo - NAVER まとめ
ニコファーレを作った理由としても、無駄遣いだと言われるが、無駄遣いすることがコンセプトなんです。
公式には言っていないが、200人程度のイベントスペースで12億円かかっている。
明らかにかけすぎ。どんだけシュミレーションしてもペイしない。
「じゃあ、行こう!」と(笑)
そこがニコファーレを作ったときの我々の気分でした。

「ムダかもしれないが、将来なにかにつかえるような気がする」という態度は、ジャングルに住む未開人が、落ちていた木の棒を見て、なにかに使えるかもと思って拾っていくときの態度であるブリコラージュに近いかと思った。前の記事でも書いたけど、

人の思考法は大きくエンジニアリング(理論によって設計する)と、ブリコラージュ(ある素材を組み合わせてとにかく作る)に大別されると思うんけど、クリエイティブな人を見ていて思うのは、圧倒的にブリコラージュで考えている。

どちらが正しいのではなく、問題なのは、今の時代がジャングル(混沌)なのか、コンクリート(整頓)なのかということだ。ブリコラージュはジャングルに最適化された思考だ。

停滞している時代ならば、エンジニアリングによってムダを無くし効率化していった方がよいだろうが、時代がジャングルというか混沌としている場合は、ブリコラージュな方がやばいものができる確率が上がる。同時に失敗する確率も上がるが。

エンジニアリングな人の「こうすれば、こうなるはずだ」という考えに対し、ブリコラージュな人は「どうなるかわからないけど、どうにかなるだろう」と考える。エンジニアリングな人は「私が発明した」と思うし、ブリコラージュな人は、「創造するのは神で、人間は発見するだけだ(ガウディ)」といった控えめな態度に終始する。エンジニアリングな人は「作ろう」とするが、ブリコラージュな人は「作られる」かもしれない環境や素材を重視する。

と考えていたら、デイリーポータルZの林さんが、罰ゲーミフィケーションという、ドンキホーテで売っている罰ゲーム中のタスキをかければなんでも恥ずかしくない。というライフハックを発見していた。林さんのデスク周りは見た事ないが、恐らく、なんに使うか本人にもわからないもので溢れているに違いない、と思った。

罰ゲーミフィケーション


しかしスピーチが速攻で全文文字になっているのは素晴らしいすね。さすが941さん