リクエストがあったのではじめて読んで4コマにした。
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物語は一貫して『眼球』がテーマになる。
最初は卵の黄身を眼球のモチーフとして、様々な黄身を使った遊びからはじまり、どんどんエスカレートしていく。途中ででてくる牛の睾丸も眼球になぞえている。

この一見変態本、もしくは単なる変態本かもしれないこの物語が謎めいているのは、バタイユが思想家であり、単なる変態本を書く知性の人ではないからだ。それであれば眼球はなにを意味しているのか?

私としては、眼球は「意識の位置」のモチーフだと思った。

バタイユは、「アセファル(無頭人)」という秘密結社を創設し、森の中で羊の首を切断するなどの儀式を続けた時期がある。同じ時期に交流があった岡本太郎の著書の中にも、バタイユと森の中でなんらかの儀式をした事が書かれており、深い交流があったという。

しかも偶然なのか、岡本太郎の作品は、『目』が特徴だ。グラスの底に顔があってもいいじゃないか、と、グラスの下から目が睨んでいる。『眼球譚』では、女性のお尻から、殺害した神父の眼球が睨んでいる。

岡本太郎とバタイユの作品は共通して、目を、普通じゃない場所に置いたり演出したりする。

秘密結社『無頭人』がどういう団体だったのか不明だが、その名前からして、眼球を含む「自らの」頭を切り落とせ、という意味も含んでいるだろう。このような形式の場合、頭を除いた『身体』またはそれに伴う生命エネルギーのようなものを大切だといっていることが多い。

通常人は頭で考えて行動しているが、頭を失った『無頭人』はどこに意識があるのか?『眼球譚』では、その新しい意識の場所を『眼球』に象徴させ、意識をどの位置に置けばよいか、ということを探しまわる物語のように見えた。この本ではストレートに股間に置いているが。

いつか松本人志が、「松本にちんこがついているのではない、ちんこに松本がついているのだ」と言っていたが、近い話なのかもね。

眼球譚(初稿) (河出文庫)眼球譚(初稿) (河出文庫)
著者:ジョルジュ バタイユ
河出書房新社(2003-05)
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