ネットの未来カンファレンスを聞きに横浜へ。
チームラボ代表の猪子寿之さんの発言がオモロかった。
「今後美しさの基準はどうなるか?」という問いに「日本的なものになる」と答えたうえで、「近代の客観性を重視する文化は、たまたま西洋の文化が産業革命後の世界観にあっていたからであり、今後の情報社会に客観性を重視する考えは合っておらず、主観的な物の見方の方があっている。日本は、先進国のなかで唯一客観性を重視しない国だからその点可能性がある(かなりうる覚え)」
私もずいぶん前から、客観の追求よりも主観の共有を、というのがテーマで、個人活動でも主観をテーマに一貫してやっているが、同じような考えの人って多いのかなあ。
客観性というのは、物の見方を一つに統一したほうがいい、ということで、これは、一部の人が巨大なメディアを利用できる、という構造の中で生まれるものであり、前時代の、莫大な投資が必要なメディア環境であれば、必然的に客観性が強くなる。メディア環境が安価で誰でも使えるものになれば、客観性は弱くなる。しかしいまだ多くのコンテンツは客観的に作られており、ここにチャンスがある。のかなあ?と思って試行錯誤やってるのがいまの個人的活動のコンテンツだったする。なかなかまだまだわからんねえ。
チームラボ代表の猪子寿之さんの発言がオモロかった。
「今後美しさの基準はどうなるか?」という問いに「日本的なものになる」と答えたうえで、「近代の客観性を重視する文化は、たまたま西洋の文化が産業革命後の世界観にあっていたからであり、今後の情報社会に客観性を重視する考えは合っておらず、主観的な物の見方の方があっている。日本は、先進国のなかで唯一客観性を重視しない国だからその点可能性がある(かなりうる覚え)」
私もずいぶん前から、客観の追求よりも主観の共有を、というのがテーマで、個人活動でも主観をテーマに一貫してやっているが、同じような考えの人って多いのかなあ。
客観性というのは、物の見方を一つに統一したほうがいい、ということで、これは、一部の人が巨大なメディアを利用できる、という構造の中で生まれるものであり、前時代の、莫大な投資が必要なメディア環境であれば、必然的に客観性が強くなる。メディア環境が安価で誰でも使えるものになれば、客観性は弱くなる。しかしいまだ多くのコンテンツは客観的に作られており、ここにチャンスがある。のかなあ?と思って試行錯誤やってるのがいまの個人的活動のコンテンツだったする。なかなかまだまだわからんねえ。
